ジョナサンの羽根

人生の半ば途中で、嵐に遭遇してしまう                                                   もう一度、晴れ渡る空めざし。。。ウロウロ迷走飛行中~

照らし、照らされて、光が途切れないように

汐見先生の公害教室
第167回 公害教室、最終章

先生の死で最終章を迎えたが
最終章は終わりではなく、新しい始まりの区切り
汐見先生とその同士により、放たれた光の先で照らされた
数多くの者たちが、その意思を繋いでいくだろう

だから、寂しがらず、悲しがらず
残された者たちは照らされて見つけた道を
次は自分が新たな光になって、誰かの為に
照らし続ける存在になろう

前向いて進むしかないのだ
壁が高いから乗り越えられんとか
強靭な相手に対し非力な個人は勝てんとか
巨大な敵に対して、己は小さな存在だとか
難しいとか、怖いとか、面倒だとか
誰かがやってくれると他力本願だったりとか

そんなこと、わかってる
間違いでもない、誰でも、そう
誰だって辛いことは避けていたい

でも、自分の人生を悔いなく生きる為に
逃げてはいけない時があるから

1人でダメなら、他と繋がればいい
それを難しいなどと考えていては
いつまでも救われないだろう

案外、自分ではなく、他人の為にと考えたら
難しいと思わなくなるもんじゃないかな
本来、人間てそういう生き方が出来る生き物なんじゃないかな

大切なやらなきゃいけない使命を与えられたのだと
心から感じることができたら、生き方が変わるだろう
そこが、他の動物とは違う、人間らしいところじゃないの

出来ない言い訳を、たらふく愚痴って、スッキリしたら
次は、言い訳の一つ一つを可能にする方法考えながら

明日も、私は進んでいこう
横向いて、後ろ見て、下見て、上見て
でも最後は、前向いて、いくんだ




PageTop

和歌山にて、汐見先生を偲ぶ会-2

~第167回 公害教室 最終章~
汐見文隆さんを偲ぶ会 始まり

「公害教室」は、これまで166回開催されたとのこと
残念ながら、私は一度も参加したことはないのだが、
以前、自分の住む地元で行なわれた電磁波についての勉強会へ参加した際、
この会館で低周波音についての講演も昔あったのよ、と聞かされ
エコ機器被害に遭ったばかりの私は、低周波音被害を問題にして活動してる人がいるのだと知り
初めて自分の被害は気のせいではないのだ、と確信したことを思い出す
その講演をされたのが、公害教室の世話人代表の汐見先生だった

IMG_9415.jpg

参加者に配られた「汐見文隆医師の行跡」
この本を読んだだけで、わかった気になっちゃいけないんだろうな
ほんとうに多くの、様々な問題に取り組んでたから、一冊の本では書ききれないだろう
この日、先生と関わり、活動した関係者の語りで、そうわかった

被害当事者の声、関係者の声、支援者の声、これらを知ることはとても大事なのだが
案外、なかなか実現難しいことかもしれない。。

普段、何かの問題に取り組む、支援する者でも、関係者の声を聞ける機会はそう多くない
この日、様々な問題に関わる方々の話は、本当に貴重な時間だった
被害と向き合うと言うことは、どういうことか、改めて考えさせられた

当事者の声を聞ける体験を大事にしないといけないと改めて感じた
今ある何かを変えるのに、新しい何か生み出すのに、
自分の考えだけでは、何も変えられず、生み出せず、だろう


配られた「汐見文隆の行跡」本↓は非売品とのこと
でも、ご安心を、「低周波音被害を追って」という名で、寿郎社より発売されてます。
IMG_9373.jpg

主催者挨拶の後、汐見先生が出ておられるDVD鑑賞
簡単に今回配布された本の紹介がなされた
汐見先生も偉大だが、これまで携わってきた方々の努力、パワーも凄い
公害教室、他の色々な活動、その記録の数々。。。
長年かけて支え、続けてきた人達がいたからこそ、このように形にして出せるのよね

この日の、汐見先生との関わり、想い出について
一緒に活動された方々、ご友人、支援者のお話を聞けたことは
今後の自分にとって、大きな財産になった

本当に、様々な問題に汐見さんは協力、支援されてこられたのだな
また同時に様々な問題に立ち向かい頑張ってる人たちがこんなにもいることに
心から感動、感謝と尊敬が沸き起こる


心に残ったこと、ご紹介

この写真は、会場で回覧された汐見先生と奥さんが映っている写真だ
「悟の家」の前で撮られた、セピア色に変わった集合写真(86年3月?だったか)
IMG_9375.jpg   IMG_9374.jpg

みかん農家の農薬が原因で亡くなった青年(松本悟さん)の、ご両親が裁判を起こした話
「(みかん農家の)百姓が綺麗なみかんで儲けるために、息子が死んだのは自業自得」という誹謗中傷があったそう
今も、何かの被害で被害者や支援者に対し同じような嫌がらせは起きるが、
いつの時代もフザケタ奴がいることには変わらないんだな。。。。

消費者のニーズに、応えなければ売れないからと、振り回されて、苦しまされて
美味いみかんを作りながら、それと同時に見栄えの良いみかんでなければと、頑張る農家の人達。。。
不幸が襲って、さらに中傷されるなど、救われない、生きる為に迷い込んだ無限地獄のようだ

裁判の始まりには傍聴に3人~5人だったのが、いつしか80人程に増えたそうだ
この被害で苦しむ人は他にも大勢いて、この問題をどうにかしたいと考えてる人は他にもいたのだろう
1974年という年は農薬を一番使った年だったそうで、多くの農家が苦しんでいたのだろう
そんな中での若い青年の死、この死に心痛めたのは家族だけではなかったということか
家族の死を無駄にしない、二度と悲劇起こしてはいけない、そう訴えたことは、
同じ境遇の多くの人の心を揺さぶったのだろう

訴えの経過は詳しくは、わからなかったけど
「農薬なくても、良いみかんを作ろうよ」となったのだと
その思いが形になったのが「悟の家」で、その前での記念撮影
写真は農薬の危険と闘った人々の記録が凝縮されてるような気がした

汐見先生は医師として専門家として支援され、奥様と一緒に映っている
でも私は、お二人以外の、集合写真に写る全ての人も輝いて見える、どの人も知らない誰かであるが
ひとりひとりの支援が、行動があったからこそ、不幸な死を、意味のあるものに変え、尊厳を取り戻せたように思う

現在でも、様々な被害、公害で苦しむ人が後を絶たない
自分の知らない場所で、知らないだけで、それに立ち向かって闘っている人がいるのだと
気づかされ、勇気づけられる、そんな写真だ

休憩時間に、スライドで紹介されていた、「公害教室」の様子。。。

たばこ、空港、科学融合、原発再処理。。。
IMG_9378.jpg  IMG_9379.jpg IMG_9384.jpg IMG_9381.jpg
 
水俣病、原発。。。
IMG_9380.jpg  IMG_9385.jpg IMG_9382.jpg

海、電磁波、風力発電。。。
IMG_9383.jpg  IMG_9387.jpg  IMG_9389.jpg

ダイオキシン、原発集会、ゴルフ場。。。
IMG_9386.jpg  IMG_9388.jpg IMG_9391.jpg IMG_9393.jpg

LNG、河口。。。
IMG_9395.jpg  IMG_9396.jpg IMG_9394.jpg 


食、農業、車社会、ダイオキシン。。。
IMG_9398.jpg  IMG_9402.jpg  IMG_9400.jpg

。。。。「土地は百姓の命だ」その通りですね
IMG_9401.jpg  IMG_9403.jpg  IMG_9405.jpg  IMG_9407.jpg

数々の集会。。。悪臭についての勉強会も。。
IMG_9404.jpg  IMG_9406.jpg  IMG_9408.jpg  IMG_9410.jpg 
低周波音
IMG_9412.jpg

公害教室で講演する汐見先生、奥様とご一緒。。。。
汐見先生はどこへ行くのも奥様と一緒だったそうで、奥様の運転する車であちこち出かけたと
夫婦という枠を超えた、何か別の次元の結びつきって存在するんだな
IMG_9411.jpg    IMG_9399.jpg  IMG_9390.jpg

本当に、どれほどの問題に取り組んでこられたのだろう、、これらは、ほんの一部
166回って。。。回数も凄いが、驚くのは、これらの問題って、今危険だと指摘されてる問題ばかり
早くから取り組んでこられてることに脱帽

「原発が怖い女の会」が和歌山にあるが、今は福島の事故後、全国に「原発が怖い」人達がいるが
日本が経済成長で右肩上がりで浮かれていた時も、危険だと活動してきたのだろう
和歌山に、紀伊半島に、原発がない、これは誇りだと関係者が言っていたが
いやいや、国民栄誉賞級ではないですかね
いやいや、こういう活動に何も与えない、国民栄誉賞など、本物じゃねーわ
よく流行った人気者で賞位なんじゃないの、とか思ってしまうね

原発が危険だと感じても行動まで起こせる人は少ない

大阪や、兵庫に、原発ないのは、こういう先人の活動が無縁ではないと思う
おかげで、阪神大震災の時に、原発事故の心配をしないで済んだのだ

幸福な日々、平和な毎日、これらは自分の努力だけで実現できているのではないんだな

関係者による、想い出語り。。。
うちの関係者も語りましたよ(写真は省く、本人さんが恥ずかしがるだろうから。。。)

汐見先生に言われた言葉を会場で伝えてました

「予想されるこの悲惨な国の未来、さらには低周波音地獄化するであろう      
この地球の未来を防げる者は、不幸な先駆者である低周波音被害者しかありません。
それは低周波音被害者になった者に与えられた 人間としての使命です。
堂々と自分の感覚を正直に主張することは自分のためだけではなく 人類の幸福をまもることになります。
同時にそれは自分の不幸を理解してもらう唯一の手段でもあります。」

汐見先生のスピリッツは生き続けるのだと思う
行動を起こす当事者が語り部となり、永遠に色あせることなく

汐見先生を偲ぶための会が、全ての人に、ことに、感謝する時間であったと思う
全てのことが繋がっていて、繋がっていく、人の縁の不思議
そして、この日亡くなられていた風力発電被害者の存在
最終章でしたが、終わりは、新しい何かへ、また始まるってこと
これからも、止まらない、諦めない、進むってこと

IMG_9422.jpg


美しい和歌山の景色に、日々の心の曇りが消えてくような一日でした
IMG_9224.jpg  IMG_9226.jpg  IMG_9225.jpg

IMG_9273.jpg  IMG_9269.jpg  IMG_9286.jpg

IMG_9267.jpg  IMG_9263.jpg


帰り際に見た、光に浮かぶ和歌山城
IMG_9435.jpg

歴史館で、和歌山城についてのビデオを観た
昔々から現在まで、この土地を心から愛する人々の思いが
今も様々な場面で息づいてるようだ


PageTop

和歌山にて 汐見文隆さんを偲ぶ会

風力発電を考える会わかやまの関係者から、お誘いがあったので
汐見文隆さんを偲ぶ会、公害教室最終章へ参加するために
和歌山へ行ってきた

久々に写真をUPするか

当日、和歌山、晴天で気持ちいい、もう少し行けば目的地に到着
IMG_9286.jpg  IMG_9269.jpg IMG_9271.jpg


会場は和歌山城近く、この日、広場で新聞社主催のイベントしていました
金メダル展示してたブース、触っていいとのことだったので持たせてもらう、思いのほか軽い
イベントにお約束のゆるキャラ?もいる
IMG_9323.jpg IMG_9321.jpg IMG_9325_20161109011504880.jpg

周辺にはレトロな感じの建物が多い、単に古いのかもだが、どれも素敵
歴史館の横に神社もあった、今回は寄れず残念
IMG_9304.jpg  IMG_9306.jpg

お城の駐車場すぐ横に歴史館には、時間があったので立ち寄ることに
IMG_9367.jpg IMG_9335.jpg  
写真は載せないが、1Fにお土産物屋さん&カフェ
お城のビデオを観て、展示物観て回り、郷土の偉人なんかも知る
松下幸之助も和歌山人だったのね、知らなかった
ここに、汐見先生も紹介されてもいいんじゃないのかしら

お城は時間が足りないので今回は行かず
お城と歴史館のセット入場券もあるので、次回時間のある時には是非
春のサクラ祭りに来てみたいな

和歌山の古城梅ってのがあるけど、どこの産地かな
今年我が家は、南高梅で梅干しを漬けたのだが、和歌山の梅は最高だね

さて、時間が近づいたので、勤労者総合センターへ向かう
玄関で、ふと見上げるとガラス窓に空が映っていて美しかった
IMG_9369.jpg

会場へ入ると、既に多くの人が。。。
後日、朝日デジタルの記事によると100人ほどいたそうで
先生の凄さを感じましたね

受付で頂いた、汐見先生の本
IMG_9373.jpg
一冊の本にまとめて下さった風力発電を考える会わかやま、その他団体の関係者の方々
何十年も汐見先生の執筆本を手掛けた印刷会社の方

汐見先生に支えられた、あらゆる被害者、ご家族様も
先生のこれまでが詰まった本は、今後の道しるべ、宝物のようだ


*本日はここまで、近日中に続けます。。。



PageTop

愛子さん、ありがとう

汐見先生を偲ぶ会のことを書こうと思っていた矢先、訃報が入った
由良町の風力発電被害者の方が亡くなられたのだ

偲ぶ会で会えるかなと思っていたのだけど、当日、会場で見かけず
忙しいのかな?と気にもしなかった、と言うのも

彼女は被害に苦しみながらも、この被害を黙っていてはいけないと
自分の被害を訴えることで、この被害の真実を世間に広めておこうと常日頃から頑張られていた
つい最近では北海道で行なわれた風力発電の集まりに参加しておられたはずで
活動を広めていた矢先だった

各地にいる風力発電の被害者同士が、繋がりあえるように
風力に限らず、エコ機器被害等の同じ低周波音被害者同士が
垣根を越えて繋がれるように
被害者の多くは、皆、このようになれるように行動してると思うのだが
まさに、彼女もそのうちの一人であった
そして現実に、そうなることが目前にやってきてもう少しで叶うって時に
ふっと命の火が消えてしまったのだ

短い間に、多くのことを皆に残してくれたこと、思いだすよ
彼女のお蔭で風車の建設が止まったと感謝してる土地が人達がいるよ
由良で被害に遭っていることを正々堂々と必死で訴えていたこと
「自分と同じ苦しみを感じる人が1人もでないようにしたい」
「被害を訴え周知するためなら、どこでも話をしに行く」

同じ風力発電の被害者に勇気と力を与え、支えた被害当事者は、
私の知るところ彼女だけ、一番影響力があったね


涙になるようなことは、書くのは辞めておこうと思う
何故なら、彼女は、朗らかで、明るく、楽しい人で
会う時は、いつも笑顔でいてくれたのだから
苦しい苦しい中にいたのにも関わらず

小さな身体でも、大きなパワーを秘めているように感じる人で
一生懸命に勉強していたのだと思う、拙くても、物事を的確に言っていた
そして物知りだった、こちらが勉強させてもらっていた

「正しい発言をするためには、正しい知識を持たなければいけない」
汐見先生の言っていた通りのこと、それを、彼女はしっかりと守っていた

でも、今思えば、小さな身体で被害に遭うのはとてもとても辛かったのだと思う

思い返すと、自分はいつも励まされていたが
そんな自分は彼女を励ますことができていたのか、というと
どんなこと語り、話かけたのか、全然、思い出せない
自分に幻滅、苦痛と後悔に苦しめられる

以前読んだ小説の中に
別れ際の挨拶、多くの人は「さようなら」を口にするが、
それが永遠の別れの「さようなら」になるとは、思っていない
だから、「さよなら、またね」と多くの人は言うの。。。
というようなことが書かれていた

たぶん、私もその一人になってしまった
「さようなら」。。。「またね」
でも、もう、「またね」、は永遠にやってこない


過去に、何度か彼女から私宛ての手紙と、はがきが届いた
そこにはラスト、「さよなら、またね」ではなく
いつも感謝と、私の身体を気遣う言葉で締めくくられていた
大事なこと、モノ、人との接し方をわかっている人だった

今日は、どこで何をしていても、一日中、彼女の事を考えていた
様々なことに、悔しい気持ちが沸き起こり、今も胸がつぶれそうだ

でも笑顔と、かけてくれた言葉を思いだし
負けちゃいけないと、自分に言い聞かす

彼女が望んでいたこと
「みんなが、一緒になって、やれたら・・」
これが彼女の願い、強い思い
いつか必ず、そうなるように、残された私達は引き続き頑張っていきます
望んでいたこと、力を合わせて成し遂げたいと思います
だから安心して下さい





弔電は苦手だから、私流で最後のご挨拶を

Dear愛子様

汐見先生を偲ぶ会の前日に調子が悪くなったと後から聞きました
だから、当日欠席になったと。。。
でも、きっとお世話になった先生に、最後の公害教室に、
貴女は、どうしても参加したかったのではないの?
でも、それが出来なかったくらい身体が苦しかったのね、気づけずにごめんなさい。

律儀な貴女のことだから、いたたまれず、その日のうちに、先生のとこへ、
天国まで、貴方は謝りに行ってしまったのではないの?
そこで、懐かしい話で、お二人で盛り上がり、こちらに帰れなくなったのでしょう
貴女との会話はいつも時間が足りないほど楽しかったものね

戻らなくても汐見先生はきっと怒らなかったのでしょう、優しい方だったもの
どれだけ、力を振り絞って頑張ってきたか、先生も、誰もが皆知ってるから、
誰もが感謝してるから。。。

でも、ちょっとだけ、不満だよ。。。
静かに、誰にも告げずに、先に先生のとこへ行くなんて、寂しくて胸が痛くて少し泣いてしまったよ

待っててね、闘って、闘って、ずっと後から、そちらへ行きますから
きっと果たせなかった夢を誰かが叶えるよ、それを土産に会いたいですね
だから私は、また会う日まで、今まで通り、仲間と一緒に前向いて元気に進んでまいります。
愛子さん、ありがとう、これからしばらくの間は、心の中で、お会いしましょう


PageTop

風力発電低周波音被害の記事

普段から、隣家オール電化のエコキュート低周波音被害め
ふざけんなーーーーと怒れる私ですが

たまには他の低周波音被害について
風力発電による被害なども宣伝しとこうかなと。。。
久々の書き込みで、動かぬブログを、1歩進めました。。(ー_ー)

風力発電の被害を考える会、わかやまのHPより

http://blog.livedoor.jp/windfarm_wakayama/

当日は、全国様々な場所から風力発電被害を無くす為に活動してる方々が
東京に集まった。。。
このような集まりは、これまで殆どないらしい。。
主催してくれた方へ感謝。。。

集会が目的ではなくて
環境省のパブコメに対しての意見を伝えること
これが一番の目的だったと思うけど

急に決まった、短い時間で色々調整するのは大変難しかったと思う
でも、お蔭様で他の土地で闘っている者同士が繋がったのだから
結果、これ本当にすごいことだと思う

何事も、先ずは初めの第1歩からだもの
でも、この初めの1歩、踏み出すことが出来ないって事も、人も多い
最初の1歩って、100万歩、いや1000万歩。。。に相当するくらいのパワーがいることだよ

風力発電被害については、既にずいぶん前に踏み出されているけどね
この昔々の1歩から、横の繋がりに広がったんだな、と

外野から見たら、もっとこうしろあーしろと思うとこもあるかもしれんが
そこは外野だからの視点でしかない。。

物事は見えないとこにこそ、大変なことが潜んでいるもので
それらをこなしながらしか前に進めんのだから、だから表面に見えてる歩みってのは
どのようなスピードでも、実はものすごい重みのある1歩、1歩だったりする

この繋がりが様々な場所に大きなウエーブを起こしますようにと応援したくなる
あっ違う、応援します、だった。。。




*風力発電の低周波音問題も、ディープな世界のようで。。。
様々ある被害について、関係者、被害者、その他諸々。。
振るいにかけて真実は何か知らなきゃいかん。。。

まぁ、自分の目で確認するって手間を惜しまなきゃ、騙されることはないよ

本読んだり、噂(ブログ等)でわかった気になっちゃダメね
情報量より、情報の質だな、本物かどうか
煙たいものが真実隠ぺいのお手伝いをしてることがある
イリュージョンに惑わされず、現実を知ること、そうでなきゃ被害解決には繋がらんだろう
これは、風力発電問題だけにあらずですな

また時間ができたら、当時のことを書けたら、風力問題のこと書けたら。。。
いつになるかは、謎だけど。。。
とりあえず、久々の書き込みで、動かぬブログは、とりあえず1歩進めました。。(ー_ー)

PageTop